Scene15-1

 「どうも、警視庁の古畑と申します」
「同じく、西園寺です」
「このなかに前田敦子さんはいらっしゃいますか?」
 警視庁。緊張と衝撃が走る。前田は脇にいた篠田に視線を飛ばした。篠田は軽く頷いた。
「…はい」
「あなたが前田さん。先日の総選挙、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「あと…、これ、差し入れです」
 古畑は、西園寺の提げていた二つの紙袋のうち、一つを前田に渡した。大島が前田から
受け取る。大島は中身を覗いた。
「やった。クッキーだ」
「えー。お気に召しましたでしょうか?」
「はい。甘いものはみんな大好きなので。ね?」
 周りのメンバーも頷く。
「それはよかったです。えー。突然、おしかけてすみません。今日は捜査に協力していた
だきたくて、私たち参りました。前田さん。今朝、あなたの自宅マンションの近くで男性
の死体が発見されました。ご存知ですか?」

Scene15-2

「パトカーが止まっているのなら見ました」
「それだけですか?」
「はい。急いでいたので」
「そうですか。えー。それで、昨夜の事件についていくつか訊きたいことがあります。よ
ろしいですか?」
「事件?事故じゃないんですか?」
「あれ。よくご存じですね」
「見物してた人たちが言ってるのを聞いたんです」
「急いでいたのに?」
「はい。耳はいいんです。それに、気になりましたから」
「結構です。えー。昨夜、不審な人物を見たり、物音を聞いたりしていませんか?」
「いいえ」
「そうですか。西園寺君メモした?」
「はい」
「あの。なんで事件になったんですか?男の人が倒れてるだけって聞きましたよ」
 前田はあえて質問した。
「んー。知りたいですか?」
「はい」

Scene15-3

「…いいでしょう。えー。前田さん以外は出ていただいても結構ですよ?」
 前田の後ろですっかり黙っているメンバーに古畑が提案する。篠田が首を振った。
「いえ、私たちも聴きます」
「わかりました。まず、私が気になったのは、被害者の服装です。みなさん、昨日の東京
の最高気温覚えてますか?…では、そこの方」
 古畑が振ったのは大島だ。
「私?」
「そうです。お名前は?」
「大島優子です」
「大島さん、昨日の最高気温教えてください」
「32度、だったかな?」
「えー、正解です」
「やったぁ」
 大島は無邪気に拳を握り、差し入れのクッキーに手を伸ばした。
「はい。昨日はとても暑かったんです。しかし、被害者の男性は黒のジーンズに、綿の入
った黒のジャンパーを着ていました。皆さんは、最高気温が32度の日にこんな恰好をし
ている人を見たことがありますか?」
 近くのメンバーに古畑が話を振る。板野は首を横に振った。
「あなたは?」
「ありません」
 峯岸は声に出した。
「大島さん、あなたは?」
 大島は考える顔をしてから、冗談めかして言った。

Scene15-4

「私、見たことあります。まあ、スーパーの冷凍庫の前でですけど」
 古畑は笑った。
「なるほど。それはあるかもしれません。しかし、まだ、気になる点はあります。えー。
彼の遺留品に鍵がなかったことです」
「見つかったんですか?」
 大島が訊く。
「はい。彼の自宅にありました」
「じゃあ、家に忘れていったんじゃないですか?」
 と、大島。
「あー。私も初めはそう思いました。しかし、鍵をかけ忘れることはあっても、鍵を家に
忘れる人はなかなかいません」
「それが事件と何の関係があるんですか?」
 前田が訊く。
「えー。服装の話もひっくるめて話させていただいてよろしいですか?」
「どうぞ」

Scene15-5

「ありがとうございます。あくまで仮説ですが、私は、こういう風に考えています。えー、
さっきも説明しました通り、被害者は全身黒ずくめでした。彼の死亡推定時刻は深夜12時
過ぎです。その時間帯、前田さんもご存じでしょうが、あそこの通りは街灯の明かりだけで、
真っ暗なんだそうです。そこにあの黒ずくめの格好でいれば、ほとんど気づかれません」
「それって…」
「そうです。つまり、彼は公園で誰かを待ち伏せしていたのではないでしょうか。そして、
彼はターゲットに接触はできました。しかし、ターゲットは彼の予想を超えて暴れん坊でした。
挙句の果てに、彼はターゲットに殺されてしまいました。犯人になったターゲットは自分が狙
われていたことを隠すために、つまり自分が犯人であることを隠すために、自分との接点を消
し去ろうとしました。そして、思いつきます。犯人は被害者の鍵を奪い、被害者の自宅にある、
自分との接点を処分しにいきました。そして、成功しました」
「想像力が豊かなんですね。古畑さんって」
 前田が言う。
「それはお褒めの言葉として受け取っておきます。私の話は以上です。みなさんご協力ありがと
うございました。あ、そうだ。西園寺君」
「はい」
「あれを書いてもらって」
「すみません。ここにいるみなさんのサインを頂けますか?」



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