Scene28-1

―事件から六日後 東京ドーム―

 コンサート当日。
古畑は最後のリハーサルが終わったあとで、戸賀崎に頼んでメンバー
をステージ裏に集合させた。
「はじめましての方。警視庁の古畑と申します。さて、みなさんにはコ
ンサートの前にお話ししておきたいことがあります」
「事件のことですか?」
 大島が訊く。
「はい。えー。今回の事件は特殊です。一人の犯人に対して非常に多く
の協力者がいます」
 古畑の前にいる少女たちは口をつぐんでいる。古畑は続けた。
「協力者は様々な工作を行いました。…特に私が気になったのは、凶器
です。凶器は石でした。えー。被害者が殺害された公園には、花壇があ
ります。その花壇は、このような石で囲まれていました」
 古畑は花壇の写真をメンバーの前に掲げた。
「何かお気づきになりませんか?えー。大島さん」
「一つ、ありませんね」
「そうです、一つありません。んー。この石はどこへいったんでしょうか。
…えー。もう見つからないでしょうが、私は知っています。おそらく、湖の
底です。…大島さん、指原さん、北原さん、横山さん。あなた方四人は事件
の翌日、琵琶湖畔で撮影がありました。一泊二日で。そして、大島さん」
 古畑は大島を見据えた。さすがの大島も表情がひきつった。

Scene28-2

「はい」
「あなたの荷物だけが、キャリーケースでした。そして、あなたはそれを、軽々と持ち上 げていました。それも、えー、片手で。普通、あのキャリーケースのなかにまともな荷物 が入っていたら、男性の力でも片手では相当な力が要ります。それをあなたは片手で持ち 上げていたんです。私は驚きました。しかし、あなたに男性並みの力があるわけではあり
ません。そうなると、キャリーケースのなかには、軽く、そして大きくてかさばるような ものが入っていたと考えるのが自然です。…西園寺君」
「はい」
 古畑が呼ぶと、西園寺が滑車に凶器と同じ石とダンボールを乗せて現れた。古畑はダン ボールを滑車から下ろし、石だけが乗った滑車をメンバーの正面に移動させた。
「はい。見てください。公園にあったのと同じものです。この石ですが、実は非常に軽い んです。女性でも簡単に持ち上げられます。そして、えー、普通の旅行鞄には入らないサ イズです。あなたはこれをキャリーケースに入れていたんです」
「それが私の荷物に入ってたとして、そのことをどうやって証明するんですか?」

Scene28-3

 大島が食い気味に訊ねる。
「はい。実は、この石。特殊な素材を使ってこの軽さを実現しています。しかし、この素 材…」
 すると、古畑は言葉を切って石に鼻を近づけた。しかし、まもなくむせて顔をそむけた。
そして笑う。
「えー。まったく強烈な臭いです。いくら外に置くものだとしても、私はいただけません。
しかも、この臭いは、一回移るとなかなか消えてくれません。西園寺君」
「はい」
 再び西園寺が持ち運んできたものに、大島の顔から血の気が引いた。古畑は得意の笑みを浮かべる。
「えー。どこかで、見覚えがありますか?」
 古畑はキャリーケースを持ち上げながら訊く。
「西園寺君。これ誰の?」
「大島さんのものです」
「どこにあった?」
「ごみ捨て場です」。
「ありがとう。西園寺君。外で待っててくれる?」
 西園寺は一礼し、去って行った。

Scene28-4

「お聞きになりましたか、大島さん。西園寺君に頼んでおいて正解でした。ぎりぎり間に
合ったそうです。それで、このキャリーケース捨てられていたんです。まだ、問題なく使 うことができるのに」
 古畑はキャリーケースの持ち手を伸ばし、引っ張って見せた。
「えー。あなたには、どうしてもこれを捨てなければならない理由があったんです」
古畑はキャリーケースを開けると、石にしたように鼻を近づけ、鋭い笑みを浮かべた。
「えー。なかなか強烈な臭いがします。この中に荷物を入れようとは誰も思いません。確 実に、臭いが移ってしまいますから。では大島さん、嗅いでみますか?」
 大島は驚いてはいたが、言葉を返した。
「いいですよ」
 古畑は無言で頷き、紳士的な動作で大島を誘導した。大島はキャリーケースを開け、中 の臭いを嗅ぎ、そのまま表情を変えず、石の臭いも嗅いだ。
「同じ臭いがします。でも…、でも、私がこのキャリーケースを所持していたとは証明できませんよ。私はこの石を持ってませんから」


Scene28-5

「では、この臭いがする石をあなたとまったく同じキャリーケースに入れて持ち運び、そ
して破棄した人物がいたということですか?」
「はい」
 大島が答える。古畑は舌を鳴らした。
「えー。なかなか面白いことをおっしゃいます。…いいでしょう。これがあなたの所有物
だと証明する最も強力な証拠は、指紋です。もし、これが本当にあなたのものなら、あな
たの指紋がいたるところについているはずです。違いますか?」
 大島は頷く。
「えー。さて…。大島さん。みなさんも、これ覚えていらっしゃいますか?」
 そう言って古畑がダンボールから取り出したものに、大島は息を呑んだ。
「そうです。私の差し入れしたクッキーの空き箱です。これを差し入れした日に、これに触れていたのは、大島さん、あなただけです」
 と、古畑はクッキーを指で弾いた。大島は言葉を失くした。



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