Scene11-2

「はい」
 鑑識官が足を止める。
「ちょっとここに下ろして。カバー外して」
「ねぇ。古畑さん。僕の話聞いてます?」
「古畑さんどうかしましたか?」
 今泉を手で制し、西園寺が訊く。
「ん~。何でこんな格好なんだろうね?」
「服装ですか?」
 男は黒のジーンズとジャンパーに身を包んでいる。
「だってもう7月だよ。昨日暑かったよね?」
「はい。最高気温32度でした」
「だよね。それにしては厚着だと思わない?」
「確かに。言われてみればそうですね」
「まして黒なんて暑くてしかたないよね?」
「古畑さんだって黒づくめじゃないか」
 今泉が口をはさむ。古畑がいかにも不愉快そうに今泉の方を見た。
「今泉さんちょっと黙っててください」
「ほんとだよ」
「なんで君に言われなきゃなんないのさ」
 西園寺に噛み付く今泉を再び無視した古畑の目が、一点で止まった。


Scene11-3

「あれ。これなんだろうね」
 男の着たジャンパーの肩口から、白い繊維のようなものが飛び出している。
「ちょっとひっくり返してみて」
「はい」
 そばに控えていた鑑識官が、仰向けだった死体の体勢をうつ伏せに変える。繊維の正体は、ジャンパーの穴から飛び出た中綿だった。綿は肩口から飛び出している。
「随分大きい穴だね」
「そうですね」
「滑り落ちるときに木にでもひっかけたんじゃないの?」
 と、今泉。
「でも木はあるけど枝はあんなに高い所にあるんだよ」
 古畑が宙を仰ぐ。
「ねぇ。ちょっと」
 今泉が西園寺の耳元に話しかける。
「ねぇ。古畑さんはまた事件にしようとしてるの?」
「まだ確定したわけではないみたいですが、気になってはいるみたいですね」
「ねぇ。事故でいいじゃない。今度の休みに握手会に行くんだよ。行けなくなっちゃうよ」
「西園寺君」
 古畑が呼ぶ。
「はい」
「もう…」


Scene11-4

 そのとき、鑑識官の持っていた携帯電話が鳴り出した。電子音ではなく、メロディが流れた。
「待って。そのままにして。貸して」
 切ろうとした鑑識官を止めて、古畑が携帯を取り上げた。
「これ誰の携帯?」
「遺留品です」
 そこで携帯の音楽が切れた。
「あれ。切れちゃったよ。今の曲わかる?」
「わかりません」
 急に今泉が元気な顔になって手を上げた。
「僕知ってます。あっちゃんのソロデビューシングルのカップリング曲だよ」
「あっちゃん?」
「前田敦子さんの愛称です」
「あぁ。…これ、誰から掛かってきたんだろうね」
 と、古畑は携帯を開いた。
「なんだ、アラームだよ」
「それにしても早い時間ですね」
「仕事のアラームじゃないみたいだね」
「何で?」
「この時間に仕事のある人がこの時間までこの格好で外出していないでしょう。結局、どちらでしょう?事件か、事故か」


Scene11-5

「事件でいいんじゃない。気になることが多すぎるよ。…にしても、お腹減ってきちゃったな」
「時間経ちましたからね」
「今泉、パン買ってきて」
「えぇ。僕ですか。西園寺君でいいじゃないですか」
「いいから買ってきてよ。お腹が減り過ぎて痛いんだよ」
「わ、わかりました」
「あ。僕のもお願いします」
「なんで君のまで買ってこなくちゃならないの」
「いいじゃないですか。ついでですし」
「そうだよ。買ってきてあげなよ」
「わ、わかりましたよ」
 今泉は渋々頷くと、テープをくぐっていった。



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